肌寒い春の1日におススメのブックカフェ
みなさん、こんにちは! 常識に捉われないアイデアと大胆な行動力を持つ「世界を明るく照らす稀な人」を追いかけて東奔西走、稀人ハンターの川内です。
冬から春へ季節の変わり目に入り、東京では不安定な天気が続いています。初夏のように暖かな日がきたと思ったら、いきなり冷たい雨が続いたり。空模様の移り変わりや寒暖の差が激しいと、気持ちもどこかソワソワしますよね。
僕にとって落ち着かない心を静める良薬は、読書。子どもの頃から本を読むのが趣味で、今も毎月たくさんの本を買っています。自宅のソファでくつろぎながらページをめくるのもいいけど、僕は静かなカフェでコーヒーを飲みながら本の世界に没頭するのが好きです。特に雨の多い肌寒い春の日には、カフェで本を手に取り、ゆっくり過ごしたくなります。
……ということで、今回は東京・荻窪にあるブックカフェをご紹介!
2022年6月、伊藤雅崇さんが開いたブックカフェ「本で旅するVia」は、JR荻窪駅から徒歩5分ほどの路地にあります。大通り沿いのビルの裏にひっそりと建つ、どこにでもありそうな一軒家。こんなところに……? という非日常感から、店名の通り「旅」が始まります。
読書するための“洞窟”
不思議な雰囲気の木の扉を開けると目に入る、黒い壁に囲まれたスペースと本棚に並ぶ大量の本。洞窟をイメージしたという黒い空間は、「読書するための居場所」。ここに並ぶ本は、伊藤さんが「旅」をテーマで選書したものです。
ユーラシア、南北アメリカ、アフリカ、オーストラリア、南極の6大陸と太平洋、大西洋、インド洋。地球を丸ごとカバーするような紀行、歴史、文化、文学など約1000冊の書籍はほとんどが店主の蔵書で、店主の目に留まった新刊も置かれています。すべて自由に読めて、購入も可能。
ここは「好きなだけ、気兼ねなく、居心地よく、ゆっくり」読書を楽しめるように、席料が設定されています(1時間400円~)。お客さんも店主も気持ちよく過ごすためのシステムです。お客さん同士のおしゃべりは禁止され、時間帯によってはパソコンの使用もできません。
ほとんど物音がしない空間で、持ち込んだ本や棚に並んだ本を手に取り、店主こだわりのコーヒーやカレーを口にしながら、デスクライトをつけて読書に浸ります。お気に入りの国、行ってみたいエリア、名前すら知らなかった部族。“洞窟”のなかにいるからこそ、想像の羽が広がります。
「Via」とは、英語で「経由」の意味。そう、この場所から世界のあらゆるところに旅ができるのです。
本をきっかけに旅へ
伊藤さんにとって、本は常にそばにあるものでした。特に高校1年生の時、バスケットボール部をやめてからひとりで過ごす時間が増えて、読書量も比例しました。世界の「匂い」を教えてくれたのも、本でした。
「雑誌の『SWITCH』が隔月で発売された頃で、初めて見た時にアメリカの匂いがしてかっこいいと思って、自転車であちこちの書店を回ってバックナンバーを探しにいきました。ピート・ハミルやボブ・グリーンのコラム、ジム・キャロルの『マンハッタン少年日記』、ジェイ・マキナニーの『ブライト・ライツ、ビッグ・シティ』などを読むようになって、アメリカへの憧れを抱いていました」
高校卒業後、二度受験に失敗し、三度目の正直で東京の大学へ入学。アルバイトをして貯めたお金で大学1年生の夏、初めて行った海外旅行が、アメリカの東海岸です。
それから海外旅行に何度か出かけました。なかでも強く印象に残っているのがインド。浪人時代、藤原新也の『東京漂流』を読んだのがきっかけで処女作にして代表作の『印度放浪』も手に取り、「いつかインドへ」という想いが芽生えたそうです。その想いを叶えたのは、大学3年生の夏。
「インドに行って、なんかもっと気楽に生きるというか、もっと自分を出していい、もっと自由にやっていいんじゃないかって感じましたね。そう思えたことで、すごく気が楽になりました」
添乗員として巡った世界
インドで自由の風に吹かれ過ぎたせいか、「ボーっとしていて」就職活動に出遅れて、やむなく留年。アルバイトしていた出版社への就職も叶わず、1996年、通好みのツアーでリピーターを多く抱えていた旅行会社の社員になりました。
入社して4カ月で、ツアー添乗員に。それからは、目まぐるしくあちこちへ飛びました。1年間に6回、ロシアに行ったこともあります。イラン、イスラエル、ジョージア(旧グルジア)やブータンなどプライベートではなかなか行かないようなところでも添乗しました。
旅慣れたお客さんのガイドは、知識を求められます。まだインターネットの情報が充実していない時代だったから、図書館に行って訪問する国や都市の歴史を片っ端から調べました。それは面倒くさい仕事でしたが、次第に気持ちが変化しました。
「最初の頃って、例えばヨーロッパ一国の歴史を読んでもわけわかんないんですよ。でも、あちこちの国でそれを続けていくと、点と点が線になるみたいにだんだん全体像が見えてくるんです。この作業を繰り返すうちに、どの国も面白いと思うようになりました」
伊藤さんにとって、いろいろな国に行けるのは楽しいことでした。その一方で、このままこの会社にいてこの仕事を続けていいものだろうかと疑問が湧いて辞表を出したのが2001年。慰留され、ホテルなどを予約する部署を経て、月刊のツアー情報誌を作る編集部に異動になりました。
「旅の本屋さんをやりたい」
その情報誌は顧客や希望者に配布するもので、ツアーの魅力を伝える記事は添乗員が書いていました。当然、伊藤さんも何度も記事を担当してどういうものかわかっています。かつて「出版社で編集をしたい」と思っていた伊藤さんにとって、「やりたかったことに近い」と感じる職場でした。
その情報誌のなかで、毎月、旅にまつわる書籍を1、2冊紹介するページがあり、伊藤さんが担当しました。読書を趣味にしていることもあって自費で書籍を購入することも。それに加えてプライベートで買う本もあるから、本は増える一方です。
本の物量が増すと同時に本への愛着も深まり、2004年、2005年頃には「旅の本屋さんをやりたい」と思うようになっていました。この時は、書店に話を聞きに行ったり、商工会議所が主催する起業塾に参加したりした結果、本屋を開くのは難しいという結論になりました。
それからしばらく後の2019年末、再び本屋への思いが募り、今度は会社に話を通して国分寺の古書店で週2回の見習いを始めました。1年ほど修業して出した結論は、「僕にはできない」。毎日馬車馬のように駆け回る店主のようにエネルギッシュじゃないと食っていけないと感じたそうです。
伊藤さんを解き放った一冊の本
また会社に戻って働くのか、別の道を探すのか、選択が迫られていた矢先、手に取ったのが『本の読める場所を求めて』。下北沢で本を読んで過ごすことに特化した店 「本の読める店fuzkue(ふづくえ)」を立ち上げて軌道に乗せた阿久津隆さんの本でした。fuzkueは席料を取り、ドリンクやフードをオーダーすると席料が安くなる独特のシステムを持っています。
その本のなかで著者が「fuzkueのような店を増やしたい」と書いているのを読んで、「え、やっていいの!?」と胸が高鳴りました。すぐに連絡し、具体的な話を聞いたら、光が見えました。
「お客さんに本を読む時間と空間を提供することでお金を頂戴するという仕事は画期的で、価値があると思えました。お席料を頂戴することによって、お客さんの回転数への懸念が軽減するので、これならやっていけるかもしれないと思いました」
伊藤さんは、なんのノウハウもないためできることなら「フランチャイズ」を希望していました。しかし、阿久津さんが西荻窪で三店目のオープンを控えていたこともあり、結果的に伊藤さんは単独で動き始めることになります。この時にはもう、覚悟が決まっていました。一冊の本が、伊藤さんの足かせを外したのです。
伊藤さんは働きながら開業の準備を進め、2022年5月いっぱいで会社を退職して翌月にオープンを迎えました。
新しい旅の始まり
取材の日、伊藤さんは「実際に蓋を開けてみたら大変なんですけどね」と苦笑しながらも、晴れ晴れとした表情を浮かべていました。
「お客さんや展示してくれる作家さんも含めて、会社勤めしていたら会えない人たちに会えて、お話ができて、刺激もらって、すごく楽しいです。僕はやっぱり編集をしたいんだと思うんですよ。それはお店の空間もそうだし、ギャラリーの使い方も。旅が好きなので、いろいろな国の紹介もしたいんです。荻窪界隈にはエスニックのお店がいっぱいあるので、 そこで働いている料理人の方を通してその国を紹介するみたいな」
ワクワクしている様子が伝わってくる伊藤さんに、「新しい旅が始まった感じですね」と伝えると、伊藤さんはニコリとほほ笑みました。
「そうですね。この年にしてって感じではあるんですけど。いろんな出会いが始まっています」
「本で旅するVia」は、本を愛する伊藤さんが開いただけあって、読書が進む空間です。棚に並ぶ本も魅力的で、取材の日、僕は古書と新刊、計5冊購入しました。次回はこの本を持参して、“洞窟”から世界への旅に出たいと思います。
稀人ハンターの旅はまだまだ続く――。
ACCESS
本で旅するVia
〒167-0032 東京都杉並区天沼 3丁目9ー13
JR線・東京メトロ 荻窪駅徒歩より徒歩6分